新型コロナウイルスのパンデミックによって、一気に浸透したリモートワーク。
それによって、自身のライフスタイルに合わせたワークスタイルの追求が可能になりました。中でも注目されているのが、「リゾートワーク」「ワーケーション」という働き方。
数あるテレワーク拠点の中でも、軽井沢は東京から1時間という地の利もあり、注目度が高まっています。
軽井沢への移住を決められ、軽井沢での生活を満喫されている華道家の山崎繭加さんに伺いました。
山崎さんは華道家としても活躍されていますが、コロナ以降の近況を具体的に教えていただけますか。
私の生け花の活動は、主に個人向けのレッスンと企業でのワークショップなのですが、病気療養のためコロナが流行する前の2019年12月に全て自分からキャンセルし、お休みしていました。そのため、コロナ自体の影響はあまり受けなかったんです。ただ、そのタイミングで軽井沢に移住したこともあり、環境は大きく変わりました。その後、体調が回復した2020年の夏頃から軽井沢でレッスンを再開し、現在は軽井沢やその近郊に住んでいる方を中心に個人向けのレッスンを行っています。
軽井沢への移住には、どのような経緯があったのでしょうか。
3歳の娘が軽井沢風越学園(以降「風越学園」)に入園することになり、軽井沢へ移住しました。風越学園というのは2020年4月に開校した、幼稚園から中学校までが同じ校舎で学ぶ学校です。私は縁あって学校づくりにも少し関わっていました。この過程で、もっと学校に関わっていきたいと思うようになり、家族ごと思い切って移住、娘は風越に入学しました。きっと自分だけのためには移住という決断はできなかったと思います。だから、娘が軽井沢に連れてきてくれたのだと思っています。
これからの時代において、子どもたちに与えるべき教育のあり方や学びに対して重要な要素を言語化するとしたら、山崎さんはどのようにお考えですか。
まずは、何を学ぶべきかや人間関係には答えがない、ということを受け入れること。そして、人の成長には時間がかかるので、その瞬間瞬間で切り取らないことが大切だと思います。例えば、子どもたちは喧嘩を通して学ぶことがあります。親や先生がすぐに介入すると、学びの機会を奪いかねません。もちろん限度はあるので線引きは必要ですが、どこまで学びの余白を残すか。これも答えがないことなので、子どもたちだけでなく、親も日々問われますよね。
そういう意味で、軽井沢の暮らしは、まさに今山崎さんがおっしゃっていた「余白」みたいなものが都心部よりも多く設けやすい環境なのかなと。軽井沢をはじめとしたリゾート地への関心が高まる今、軽井沢がこれほどまでに求められている理由を山崎さんはどのようにご覧になりますか。
人との距離感がちょうど良いというのは、大きな魅力だと思います。地元の方たちと別荘の方たちの距離感が程よく保たれていて、互いに介入しない軽やかさはありつつも、求めればしっかり繋がることができるのが魅力です。風越学園ができてからは、子どもが卒業するまでというある程度長い期間を軽井沢で暮らす、地元の方とも週末だけを軽井沢で過ごす別荘利用者とも違う新しい層が生まれました。それにより、軽井沢のコミュニティに新たな変化があるのではと、面白さを感じています。
ちなみに、山崎さんにとって軽井沢の1番の良さは何でしょう。
やはり人ですね。わざわざ探さずとも、大家さんやご近所さんなど、徒歩20~30秒圏内に面白い人がたくさんいます。東京からくる人と地元の人を繋げて新しいコミュニティをつくったり、里山を守る活動を行っていたり。相対的な価値観ではなく、主観で物事を判断して行動している方が多いと感じます。
ただ、この面白さは東京で感じていた面白さとは違っていて、彼らが朝起きて何をやっているかを見たり、会話したり、一緒に畑仕事をやったりするなかでじわじわ感じるものなんです。それは彼らが、一瞬を切り取ったところでは分からない、人生の豊かさや奥深さをもっているからだと思います。
実際のところ、軽井沢にはどのような職種の方達が多いのでしょうか。東京から通える距離ですが、現実的な問題として、手に職がないと移住や二拠点生活は難しいような気もします。
ご自身で起業されたり独立して働いている方は確かに多いですね。でも、企業にお勤めの方も結構いらして、コロナ以降通勤を減らして主にリモートで働いている方が多い印象です。
また、軽井沢が面白いので、大企業での仕事生活とのギャップを感じて働き方を変えた人もいます。例えば、家に薪ストーブがあれば必然的に薪の調達問題が出てくるわけで、山に入って木を切って自分で薪を作ろうとなります。そのなかで新しい出会いがあり、薪割りの面白さを知り、木を切ることが山の整備にもなる。全部が繋がっているんです。一歩外に出ればいくらでも学ぶ機会があり、新しい世界が広がっているので、いくらリモートで軽井沢にいながら仕事ができるとはいえ画面を見てばかりではもったいないと感じるのではないでしょうか。
一歩外に出ることで見えてくる新しい気付きを「学び」と認識できるかという問題もあるような気がしていて。豊かさと変換しても良いと思いますが、都会にいてもそれに気づけると良いのでしょうね。ちなみに、山崎さんが軽井沢のなかで1番好きな場所はどこですか。
難しいですね。これというスポットというのは思いつかなくて。強いて言えば、散歩コースになっている近隣でしょうか。少し前までは、1周約4キロのコースを1時間くらいかけて散歩するのが日課でした。自分の家をスタートして、浅間山を見ながらタリアセンという塩沢湖の観光施設や絵本の森美術館、カーリングの日本代表選手が練習している軽井沢アイスパーク、風越学園を通り、そこから別荘地を抜けて、畑や川、誰もいない農道を通ってうちに帰ってくるというのが定番コースです。学校の前では子どもたちの声が聞こえ、別荘地の中は静けさが漂う。そこを毎日ぐるぐる回るだけなんですが、季節の移ろいや人々の暮らしを感じ、日々、良いなと感じます。
また、街並みや景観も気に入っています。利便性を求めたら、立ち並んでいてもおかしくないチェーン店などがあまりありません。町の歴史の中で、生活の質みたいなものを選んできた「この町の意思」が感じられて心地よいです。
魅力的に感じる場所がわかりやすいスポットではなく、近所の散歩道というところに、軽井沢の豊さが表れていますね。では、今までは軽井沢の魅力についてお話いただきましたが、反対にもし軽井沢がこのように進化していくとより良くなると感じる点があれば教えてください。
先ほど言った「程よい距離感」という長所の裏返しですが、別荘の人や風越学園をきっかけに移住してきたような人たちと町の政治や行政がまだ遠いと感じています。軽井沢の隣にある御代田町では、町を変えていこうという盛り上がりが見られ、そこに魅力を感じた人たちが移住して、さらに町が面白くなるという循環ができ始めていると聞いています。軽井沢でも、あと10年くらい経つと、移住してきた人の中から町の政治や行政に携わる人も出てきて、新たな架け橋や循環が生まれるのではと期待しています。
移住されてから、お子さんに何か変化はありましたか。
娘はもともとインドア派で、泥が手にちょっとでもつくと「おうちかえる」というようなタイプでした。けれど、軽井沢に来てからというもの、幼稚園では基本的にずっと野外で遊んでいますし、夫が始めた近所の畑にもしょっちゅう行っているので、気づけば泥だらけになるのも気にせず遊ぶようになりました。自然との近さを実感しています。
また、子ども同士のコミュニケーションにも変化を感じています。一般的な保育園や幼稚園だと、年齢が近い子たちで集まり、先生がリードしてくれることが多いですよね。でも、風越学園ではいろんな年齢の子どもたちが一緒になっていて、先生が何かを与えてくれるわけではなく、見守っています。そのせいか、どこに行っても友達をつくれるようになり、自分がやりたいことと相手がやりたいこととが異なれば、話し合いで解決しようとするんです。鬼滅ごっこをやりたい子と、プリキュアごっこがやりたい子と、その両方を知らない子がいるなかで、みんなで遊べるようにお家ごっこを混ぜて「鬼滅プリキュアお家ごっこ」をしようとか、一歩高次のレベルで解決できるようになっていて、すごいなと思いました。
子どもたちの成長を見守りながら、ファシリテーションをする先生たちの能力もすごいですね。
覚悟というか、腹が据わっていますよね。子どもたちにはできる力があると心から信じているからこそ、見守りに徹することができるのでしょう。風越の先生たちは、怪我や失敗をしないように先回りするのではなく、大怪我をしない限りは見守るというスタンスです。
都会での教育とは違う大変さを感じますが、子どもたちはエネルギーに満ちていますから、そのエネルギーを存分に使ったり、その結果どうなるのかを体感することは、子どもにとっても重要な成長の過程だと感じています。そういう体験をせずにおさえつけられて育つと、エネルギーの発散をコントロールできない大人になってしまうのかなと。これは自然保育という理念がベースにありつつ、やはり軽井沢の自然環境があるからこそできることだと思います。
人間形成に大きく影響しそうですね。ありがとうございました。
写真:玉利康延
山崎繭加
華道家、IKERU主宰。
マッキンゼー・アンド・カンパニー、東京大学助手を経て、2006年より2016年まで、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)日本リサーチセンター勤務。主にHBSで使用される日本の企業・経済・ビジネスリーダーに関するケース作成、東北を学びの場とするHBSの2年生向け選択科目の企画・運営に従事していた。また2010年から2017年まで、東京大学医学部特任助教として、グローバル人材育成にも関与。
2017年に華道家として独立し、いけばなの叡智を社会につなげるIKERUを主宰。またダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー特任編集委員、エムスリー株式会社取締役監査等委員も務める。
東京大学経済学部、ジョージタウン大学国際関係大学院卒業。
著書に「ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか」(ダイヤモンド社)。
谷本有香
ロイヤルハウジンググループ 上席執行役員。
証券会社、Bloomberg TVで金融経済アンカーを務めたあと、米国でMBAを取得。その後、日経CNBCキャスター、同社初の女性コメンテーターとして従事。
Forbes JAPAN Web編集長。